日本にやってくる3モデル目のBYD『シール』。今度は過去2台とは異なり、セダンである。セダンの市場がシュリンク(縮小)している今、一体どのような展開を見せるか楽しみなモデルでもある。
それにしてもBYDの本気度は相当なもので、販売店100店舗を目指す戦略は着実にその目標に向かっており、2025年にはBEVのみならずPHEVも導入する計画だという。また、ついにTVCMも始め、キャラクターに長澤まさみを起用。その効果もあったのか、新しいシールの売れ行きは好調だという。
シールにはRWD仕様とAWD仕様があるのだが、今回試乗したのは前者、即ちRWD仕様の方で、時間も限られていたのでいわゆるショート・インプレに終始する。軽くそのスペックを紹介すると、最高出力312ps、最大トルク360Nmというもので、バッテリーは82.56kwhを搭載。実はこのバッテリーがブレードバッテリーと呼ばれるもので、何もBYDの専売特許ではないけれど、これをシャシー側と一体化した構造を取ることで、剛性を高めているという。
しかも使用しているのはリン酸鉄系だから、三元系よりも安全性が高い。一般的にはリン酸鉄系はエネルギー密度が低いと言われるが、それでも82.56kwhも搭載しているうえ、WLTCモードで640kmも走ってくれればまあ十分である。御存知の通り、BYDは元々電池メーカーからスタートしているので、ある意味電池に関しては知り尽くしていると言っても過言ではないし、それゆえにクルマの価格を安くできるともいえるわけだ。
◆気がつけばワインディングを攻めている自分がいた
そんなわけで、初めて乗るシールについて多少のコックピットドリルを受けていざ出発。以前乗った『ドルフィン』や『ATTO3』と違って、いわゆる周囲に対する警告音は、果たしてそれを消音モードにしていたのか、あるいはそもそもないのかは定かではないが、何の音もせずに静々と走り始めたので、以前と比べて大いに評価できると思った。
走りそのものはやはりBEV独特ではなく、その加速感などもICEのモデル的で尖がったところはない。シートのサポート性もとりあえず満足のいくレベルだし、見た目の内装は質的にも作り的にも何の問題もなし。15.6インチという巨大なセンターディスプレイは、これもスイッチ一つで縦にも横にもできるのは、以前に乗ったBYDモデル同様で、なかなか便利そうである。乗り出し当初は静かでそれなりに快適だから、ゴルフ族には打ってつけ(走行距離的にも十分だし)の旦那仕様かと思っていた。
確かにそんなところもあるし、のんびり走れば何の文句もない。いつも使う試乗コースには、タイトなワインディングロードが存在するのだが、まあそれは普通に通過すればよいと思っていたのだが、自分でも不思議なことに、いつの間にやらその狭いワインディングを攻めている自分がいたのである。そして、このクルマはそんな走り方にドライバーを誘う不思議な魅力も秘めていることが分かった。
ドライブモードはコンフォートだったから、アクセルの踏み込み量に対して加速力はまぁまぁのレベルだったのだが、これをスポーツモードに切り替えると走りは一変する。流石にBEVの加速力は伊達じゃないことをドライバーに知らしめるには、十分なポテンシャルを示す。ステアリングは決してシャープではないけれど、そんなクルマでも攻めるモードにいつの間にか引きずり込まれてしまうということは、スポーツセダンとしてそれなりのポテンシャルを持っているということだと思うわけである。
◆このサイズのBEVとしては超バーゲンプライス
フルスロットルに出来る(一瞬だけれど)高速道路上に行くと、その加速に多少の不満が露呈した。フルスロットル時ではないものの、素早い加速を持続すると、フロントがリフトして、ステアリングに落ち着きが無くなることが分かった。リアサスペンションが柔らかいのか、空力的な(そんなスピードは出ていない)問題かは別として、とにかく高速上での加速時のステアリングフィールは褒められたものではない。ネガだと感じた点はこれが唯一。要望的には、スポーツセダンとしてはもう少しシャキッとシャープな味付けのステアフィールが欲しいところである。
一応リアシートにも座ってみた。ドライバーがいないから静止した状態だが、リアの座面は少し掘り込まれていて、バックレストも割と寝た状態だから、くつろぐには最高である。おまけにルーフは総ガラス張り(半透明)だから、そこに広がる景色を眺めるには持って来いであるのだが、いざ降車となると若い人ならいざ知らず、結構「どっこいしょ」という掛け声で降りる必要に迫られる。
いずれにしてもメーカー希望小売価格528万円。1000台限定ながら(もう売れてしまったか?)、導入記念キャンペーン価格は495万円で、これに残クレを使うと月々の支払いは2万円以下の1万9800円だというから、それだけでグラッとくるユーザーは確実にいると思う(ただし頭金127万円を用意する必要はあるが)。補助金を使えばもっと安くなるのかもしれないし、この性能とこのサイズのBEVとしては超バーゲンプライスと言えよう。
■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア居住性:★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★
おすすめ度:★★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員・自動車技術会会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、さらにドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来46年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。また、現在は企業やシニア向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める。最近はテレビ東京の「開運なんでも鑑定団」という番組で自動車関係出品の鑑定士としても活躍中。
《text:中村 孝仁》