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【THE REAL】スピードスター・浅野拓磨が抱く捲土重来…悔し涙をリオ五輪で笑顔に変えるために

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浅野拓磨 参考画像(2016年5月23日)全 6 枚写真をすべて見る

8月5日の開幕まで残り2カ月を切ったリオデジャネイロ五輪に臨む、サッカーのU-23日本代表のメンバー選考が大詰めを迎えている。

4年に一度のヒノキ舞台に立てるのは18人。ワールドカップよりも5人少ないうえ、「1993年1月1日以降の生まれ」という参加資格にとらわれない選手、いわゆるオーバーエイジも3人まで招集できる。

本来ならば6月10日は、日本オリンピック委員会(JOC)へ予備登録メンバー35人を提出する期限日だった。そのなかから18人に絞り込んでいく方針だったが、ケガ人を多く抱える状況が予定を一変させる。

■大舞台オリンピックでゴールをあげられる選手を

JOC側に確認をとったうえで、日本サッカー協会は派遣登録手続きを延期することを決定。ケガ人の復帰状況などを確認しながら、メダルを獲るためのベストの人選は誰なのかをぎりぎりまで見極めていく。

手倉森誠監督の方針は、あくまでも23歳以下の選手ありき。彼らを組み合わせながら、それでもチームに足りない部分をオーバーエイジ枠で招集する選手の実力と経験を加えることで補っていく。

オーバーエイジ候補は発表されていないが、メディアにはほぼ同じ顔触れが登場する。大久保嘉人(川崎フロンターレ)、興梠慎三(浦和レッズ)、大迫勇也(ケルン)とFW勢が多い状況が何を意味するのか。

5月11日にベストアメニティスタジアムで行われたガーナ代表戦後。3-0で快勝したにもかかわらず、手倉森監督はこんな言葉を残している。

「FWには前で収められる選手がほしい」

続いてフランス・トゥーロンで開催された国際大会に乗り込んだが、1勝3敗でグループリーグ敗退を喫した。4試合でわずか3ゴール。長く課題とされてきた、決定力不足がまたも顔をのぞかせた。

ボールをキープできる。そして、ゴールをあげられる。それらを満たすFWとして、オールマイティー型の興梠や大迫、J1で3年連続得点王を獲得している大久保の名前が挙がっているのだろう。

つまり、23歳以下のFW陣に対して、指揮官は物足りなさを感じていることになる。そうした状況を、チームの主軸を務めてきた浅野拓磨(サンフレッチェ広島)は真正面から受け止めている。
「オーバーエイジのことは、実は考えていませんでした。オーバーエイジが使われても、あるいは使われなくても僕のやるべきことは変わらないし、もし使わなくても、この年代の競争はもともと激しくて、自分のもっているものをすべて出し切ってアピールしていかないと生き残っていけない。

自分は常に危機感をもってやっているので、その意味ではオーバーエイジが使われるから厳しくなる、という考え方は自分のなかにはありません。今日の試合でも満足せずに、できたことよりもできなかったことを考えながら、レベルアップしていかなきゃいけない」

こう語っていたのは前出のガーナ戦後。先発した浅野はゴールをあげることなく、後半開始から金森健志(アビスパ福岡)との交代でベンチへ下がっていた。

■アピールを続けたブルガリア戦

続くトゥーロン国際大会では3試合、計195分間プレーして1ゴール。不完全燃焼の思いを抱きながら、U-23イングランド代表とのグループリーグ最終戦を残して、浅野はU-23日本代表を離脱している。

フランスから急きょ向かった先は日本。バヒド・ハリルホジッチ監督に率いられるA代表にも招集された浅野は、キリンカップへ向けて愛知県内で始まった短期キャンプに合流した。

Jリーガーだけで臨んだ昨年8月の東アジアカップでA代表デビュー。得点も決めている浅野だったが、FW本田圭佑(ACミラン)をはじめとするヨーロッパ組と同じ時間を共有するのは今回が初めてだった。

そして、ブルガリア代表との準決勝(豊田スタジアム)、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表との決勝(市立吹田サッカースタジアム)に臨んだ5日間で、浅野は文字通り天国と地獄を経験する。

まずは天国。ブルガリア代表戦の後半14分からFW小林悠(川崎フロンターレ)に代わって投入された浅野は、終了間際に武器とするスピードを生かしたドリブル突破からPKを獲得する。ベンチのハリルホジッチ監督は、FW宇佐美貴史(ガンバ大阪)をキッカーに指名した。しかし、浅野はボールを手離すことなく、指揮官へ向けて無言のアピールを続けた。

真剣なまなざしの前に最後はハリルホジッチ監督が折れて、浅野は強烈な弾道をゴール右へ突き刺した。真のA代表であげるゴールこそが、リオデジャネイロの舞台で輝くために必要だと感じていたのだろう。
珍しく我を前面に押し出した一連の光景は、浅野が自信を失いかけていたことの裏返しとなる。サンフレッチェで「10」番を託された今シーズン。浅野は寄せられる期待と目の前の現実のギャップに苦しんできた。

ファーストステージを3試合残した時点で、出場は半分のわずか7試合、わずか215分間にとどまっている。ケガで戦列を離れること2度。昨シーズンに8を数えたゴールも1のまま増えていない。

【スピードスター・浅野拓磨が抱く捲土重来 続く】

■情けなさに泣いたボスニア・ヘルツェゴビナ戦

忸怩たる思いを吹き飛ばすきっかけを得てから4日後。ハリルホジッチ監督の母国、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表と対峙した決勝戦で、浅野は先発の座をゲットする。

そして、1-2とリードを許して後半アディショナルタイム。浅野は地獄を味わわされる。MF遠藤航(浦和レッズ)の縦パスを、MF清武弘嗣(ハノーファー)が触ると見せかけてスルーした直後だった。

虚を突かれた相手守備陣の足が、一瞬だけ止まる。右サイドに生じていたスペースへオフサイドぎりぎりの飛び出し、パスに追いついた浅野が完全にフリーとなる。スタジアムにいた誰もが決定機の到来に腰を浮かし、同点ゴールが生まれる瞬間を思い描いた直後だった。浅野はシュートではなく、ゴール前へのパスを選択した。
確かに中央には小林が、ファーサイドにはFW金崎夢生(鹿島アントラーズ)が詰めていた。しかし、ここで同点とされてなるものかと、相手も必死の形相で戻ってきている。

果たして、小林の足元を狙った丁寧な、言い換えれば緩いパスは相手が伸ばした足に当てられる。こぼれ球に清武が詰めたものの、右足から放たれたシュートは無情にもバーのうえを越えていった。

小林が浅野を見ながらぼう然とその場に立ち尽くし、金崎は両手をあげて「なぜ?」のポーズを作る。ゴール中央へ詰めてきていた遠藤は、頭を抱えながら悔しそうにボランチの位置へ戻った。

そのとき、ハリルホジッチ監督は信じられないという表情を浮かべていた。市立吹田サッカースタジアムのほぼすべての視線が、「なぜそこでシュートを打たないのか」という想いとともに浅野へ向けられていた。

■シュートを打たなければ何も始まらない

シュートを放つには、やや角度があった。後半42分にも同じような形で右サイドを抜け出してフリーになったが、強烈なシュートは相手GKに防がれてコーナーキックとなっていた。

浅野本人としては確実性を重視したはずだが、シュートを打たなければ何も始まらない。たとえ相手守備陣に止められたとしても、こぼれ球を小林や金崎、遠藤が押し込むこともできる。

実際、相手DFに対して日本の青いユニフォームは3人。ゴール前において数的優位に立っていたからこそ、浅野本人もパスを選択した判断が間違っていたと瞬時にわかったのだろう。

そのまま試合終了を迎え、表彰式が行われたピッチ。浅野はひと目をはばかることなく号泣した。シュートを打てなかったのは、ここ一番の自信がなかったから。自らへの怒り、情けなさが涙腺を決壊させた。
五輪切符を獲得した1月のU-23アジア選手権を戦ったFW陣のうち、久保裕也(ヤングボーイズ)は4月下旬からケガで戦列を離れ、スイスから帰国した後は古巣の京都サンガで懸命なリハビリに努めている。

開幕前に左太ももの肉離れを起こした鈴木武蔵(アルビレックス新潟)は、11日の大宮アルディージャ戦でようやく今シーズン初出場を果たした。

こうした状況で浅野がメンタル的なスランプに陥れば、まったく異なるメンバーでリオデジャネイロを戦わざるをえない状況も生まれてしまう。

だからこそ、けがも完全に癒えた浅野は、奮起しなければいけないと感じている。自らに言い聞かせるかのように、以前にはこんな言葉も残していた。

「僕らがもっているものをすべて出し切ることで、FWではオーバーエイジを使わなくてもオリンピックで戦えると、監督に思われるようにしないと。僕はほかのことを考えている暇はない。自分のことだけをしっかりと考えて、オリンピックに行くメンバーに入り込めるように、自分にできることをそれこそ毎日100%でやっていくだけだと思っている。

ボールを奪ったあとの攻撃の速さも、もっとクオリティーをあげないといけない。パスの受け手としてその意識を高めないといけないし、パスの出し手とのコンビネーションの質も高めていかないといけない。オリンピックのようにレベルがあがると、そう簡単にはパスを通させてくれないし、そう簡単には最終ラインの裏へ抜け出させてくれないはずなので」
50m走で6秒を楽々と切る韋駄天の浅野は、タイプ的には手倉森監督の言う「収める人」ではない。求められるのは、圧倒的なスピードの差を生かしてゴールに絡むプレーとなるだろう。

ロングボールからのカウンター。あるいは、相手が疲れてくる終盤に出番が訪れるスーパーサブ。リオデジャネイロの舞台で求められるプレーは明確だが、いずれもシュートを放たなければ存在価値を問われてくる。

日本サッカー協会は6月中に予備登録を終えたいとしている。キリンカップで流した涙を完全復活への糧に変えるために、浅野は6月に3試合が予定されているリーグ戦でがむしゃらに走り回る。

《text:藤江直人》

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